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坂田寺跡の調査

今回は下水道工事に伴って実施した坂田寺跡の調査について紹介したいと思います。

坂田寺は『扶桑略記』によると、継体16(522)年に渡来した司馬達止が造った高市郡坂田原の草堂に由来します。また『日本書紀』には用明天皇2(587)年に鞍作多須奈が天皇の為に発願した丈六仏と寺、推古天皇14(606)年に鞍作鳥(止利仏師)が近江国坂田郡の水田20町をもって建てられたのが金剛寺であるなど諸説ありますが概ね、鞍作寺の氏寺として建立された飛鳥寺と並ぶ最古級の寺院と考えられています。

『日本書紀』朱鳥元(686)年には天武天皇の為の無遮大会を坂田寺で行ったことが記されており五大寺(大官大寺・飛鳥寺・川原寺・豊浦寺・坂田寺)の一つに数えられています。さらに奈良時代には坂田寺の信勝尼が天平9(737)年に経典を内裏に進上したことや天平勝寳元(749)年には東大寺大仏殿の東脇侍を献納したことも知られています。 これらの文献資料に記された時期に相当する伽藍がこれまでの調査で確認されています。

平安時代以降の坂田寺については明らかではありませんが、伽藍は10世紀後半に土砂崩れにあい、崩壊しています。その後の坂田寺については承安2(1172)年に多武峯の末寺になっていることが知られています。

今回の調査は現在の県道に下水道管を埋設する工事に先立って行った調査で基壇建物と回廊を検出しました。基壇建物は平成10年度の調査で基壇の一部を確認しており、今回はその延長部分を確認することができました。基壇部分は凝灰岩の切石を使用したもので羽目石が立った状態で出土し、上面には葛石が造営された当時の姿で確認されました。基壇の裾部分には人頭大の川原石を敷き詰め犬走しりとし、そして周囲は幅約50㎝の雨落ち溝となっています。そこから回廊までの約2.5mの間はバラス敷や瓦敷となっており改修されている可能性もあります。

回廊については仏堂から続く南回廊の西端部分で回廊基壇と礎石を検出しています。基壇は縁石に川原石を立ち並べ、裾部には人頭大の川原石を使用して雨落ち溝としています。礎石は直径80㎝の石英閃緑石で一石分確認しています。

今回の調査は限られた範囲ではありましたが坂田寺の中枢部の様相が明らかとなり、今後奈良時代の坂田寺を考える上で重要な資料となるでしょう。

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